衿肩明きについて

先日、大島紬の仕立て直しの依頼がありました。お太りになられ、八掛の色がちょっと派手になってきたので、洗い張りをして八掛け取り替えの仕立て直しの依頼です。

早速、解きながら衿肩明きを見てみると、幾度か仕立て直しをされているようですね。洗い張り時に、裂けてしまわないように、糸で綴じて、補強の裏打ちをしました。下の写真は仕立て中の衿肩明きです。

洗い張り品の衿肩明き

写真の通り、3回衿肩明きを切り直していますので、3回以上、仕立て直しているようです。

洋服は仕立て直しが殆ど出来ないのに対して、和服は、縫い代を一切、切り落とさないため、世界中でも類を見ないリサイクル性に優れた衣服で、仕立て直しが可能です。しかしながら、ただ一つ大きく切り込みを入れる箇所は、衿肩明きです。今回は衿肩明きについて、いろんな事をお話ししたいと思います。

(私達が普段行っていることなので、地方や呉服店等によって違います。ご了承ください)

◆繰り越しについて

繰り越しは、女物着物に付いています。通常の男物(とても体格のよい方には少し付けています)や子供物には繰り越しは付けません。

繰り越し

上のイラストのように繰り越しは、肩山(畳山の折)からどれだけ衿が後ろ側にずれているかという寸法で、出来上がり(上がり)寸法と、標付けをする際の繰り越し寸法とがあります。(詳しくは下記注1を参考にしてください)

◆衿肩明きの寸法について

衿肩明きは背縫いからどこまで深く衿が付いているか、という寸法です。

衿肩明きと繰り越し

衿肩明きの寸法は通常9.2cm程度で、体型によって変化します。女物の場合、繰り越しをして着用しますので、首の付け根周りを測ってその寸法の1/4します。男物の場合は繰り越しはしないので首の中心を測って1/4します。少々男物の方が衿肩明きは小さめです。

衿肩明き採寸箇所

寸法の表し方には3種類あり、私達は出来上がりの衿肩明き寸法を使っています。呉服店や、地方によって様々なようです。

3種類の衿肩明き寸法

◆衿肩明きの切り方について

衿肩明きを切る位置ですが、きものを仕立てるときに、唯一、大きく切り込みを入れる衿肩明きですので、リサイクル性を考えて、無地や小紋のきものの場合、前身頃と後身頃の中心(四ッ山)に衿肩明きの切り込みを入れます。

身頃の中心に衿肩明きの切り込みを入れます。

布の中心に衿肩明きがあるので、女物の場合、繰り越しを付けるために、後身頃を繰り越し分(繰り越し×2)ダブらせて標付けをします。出来上がったきものを見ていただくと分かりますが、後身頃の内揚げが前身頃の内揚げより多いのは、そのためです。

付下げや訪問着などの柄合わせがあるきものは、柄合わせをして、肩山が決まり、肩山から繰り越し分下がった箇所に、衿肩明きの切り込みを入れます。また、紋付きは紋上端からの距離から衿肩明きの位置を決めます。

今まで私が仕事をしてきて、衿肩明きの切り方には、大きく3種類の切り方があるように思います。この切り方によって、衿を付けるカーブの度合いも違ってきます。

真っ直ぐ切る衿肩明き

真っ直ぐな衿肩明き

この衿肩明きは、真っ直ぐに切り込みを入れますので、前身頃と後身頃を入れ替えたりする場合に都合がよく、仕立て直す場合に一番有効な切り方です。但し、衿肩明きから剣先(衽の一番先端)まで、衿付けが緩やかに、スムーズにカーブを付けないといけないため、衿肩明きの裁ち切りから2cm程度「付け込み」をしないと、うまく衿が付きません。しかも、縫い代が深いため、布地が吊ってしまう場合があります。

ちょっとカーブを付けた衿肩明き

カーブを付けた衿肩明き

私達が通常、衿肩明きの切り込みを入れている方法です。普通体型の場合、約2cm手前から0.8cmのカーブを付けます。特異体型の場合は少々カーブを大きくします。背では衿肩明き裁ち切りから1cmの深さで衿を付け、衿肩明き先端では0.2cmの深さで縫います。(注1:繰り越し(上がり)は繰り越し+衿付けの縫い代約1cmの寸法です)

肩山まで切る衿肩明き

肩山まで切る衿肩明き

上のイラストのように、肩山まで衿肩明きを切る切り方があります。仕立て直しがやり辛く、前身頃と後身頃を入れ替える場合では、衿肩明きが向かい合って布地が切り落とされてしまう場合があります。今まで仕事をしてきて、直し物などのきものに多いような気がします。

男物の衿肩明き

男物の場合は、繰り越しが付かないので、真っ直ぐ、あるいは0.2cm程度のカーブを付けて衿肩明きを切っています。

以前、きものを日常着にしている方が、「長襦袢の衿と着物の衿のそぐいが悪い」とおっしゃっていたので、着物と長襦袢を見てみると、衿肩明きや衿の付け方が違っていました。長襦袢の衿付けを直しましたが、同じ仕立屋で作ったものならば、同じ衿付けのカーブで付けますので、そぐいよく着られると思います。

また、浴衣を持ってこられた方に、「衿は角張って付けないでね」と言われたことがあり、大きくカーブを付けて衿肩明きを切って、衿付けをしました。

些細なことかもしれませんが、着る方にとって居心地悪い着物とならないように、寸法見本は出来るだけお預かりするようにしています。

着物の寸法について02(鯨尺)

仕事場を整理していたら、曲尺(かねじゃく)の2尺物差しが出てきました。

和裁で使用する長さは鯨尺(くじらじゃく)ですが、同じ尺・寸・分という単位なので間違えて購入したのかな?

鯨という名前が付いているのは定かではありませんが、鯨のひげから作られたともいわれ、その名前が付いたそうです。尺・寸・分・厘という単位を使います。

それに対して建築で使われるのは、曲尺で1尺は30.3cmです。柱の太さなど、長さや面積に使われています。

もっと身近なものでは、大人のお箸の長さで、7寸5分で約23cm。子供の箸やお弁当に付いている短い箸では、1時間も使っていると肩がこってしまうそうです。その長さは、大人の肘から手首のくるぶしまでとか、また、お正月に使う「祝い箸」の長さは8寸で、八で末広がりの意味から8寸だそうです。私達の生活の中に、昔から伝わる長さが今もなお、根強く息づいていますね。

さて、和裁の鯨尺の1尺は37.9cmです。

下の写真のように、鯨尺と曲尺の2尺物差しを並べてみると、鯨尺の8寸は30.3cmで曲尺の1尺にあたります。鯨尺1尺6寸が曲尺の2尺となります。

何か、ややっこしい(-_-;)

曲尺と鯨尺の2尺を並べてみました。

◆和服の寸法は、鯨尺が基になっています。

和服の長さも、昔から変わらず、今なお使っています。私は、名古屋で和裁の修業をしましたが、和服の寸法は鯨尺で記入されいるものが殆どで、換算表を使ってcmに換算し、cmの物差しを使って縫製をしていました。和裁を勉強し始めた私にとって、換算表を見ることは面倒とは思いましたが、慣れてくるとよくある寸法、袖口は6寸=22.7cmというようにすぐ思い浮かぶようになり、鯨尺の長さを覚える煩わしさもなく、すんなりと和服の各部分の長さを感覚的に身に付けることが出来ました。

以前のブログ(着物の寸法について01)にも載せたように、昔は並寸法というのがありました。その中で昔から変化せず、通常に決まっている寸法があり、もともと鯨尺の寸法が基となっています。

イラストの衿は、バチ衿です。

女物着物の場合

袖口明き     6寸(22.7cm)

広衿幅   衿肩回りから衿先まで真っ直ぐで3寸(11.4cm)

バチ衿幅  衿肩回り1寸5分(5.7cm) 剣先1寸7分(6.5cm)衿先2寸(7.5cm)

上記以外で、体型によって変化させますが、ほぼ決まっているのが

袖付け   5寸5分~6寸(20.8~22.7cm)

衽下がり  5寸5分~6寸(20.8~22.7cm)

身八ッ口  3寸5分~4寸(13.3~15.2cm)など・・・・・

残りの寸法の身丈・裄(袖幅・肩幅)・身幅(前幅・後幅)などは、体型によって細かく寸法を変えます。

修業を終え実家に戻りましたが、実家では全て鯨尺で仕立てを行っていましたので、現在では鯨尺を使用しています。6年間、鯨を換算してcmに変えて仕事をしてきた二刀流?ではありましたが当初、戸惑うことがありました。背縫いは1cmという長さが身についていたせいか、鯨での背縫いは通常2分5厘の9.5mmで「ちょっと細いよなあ~」、3分では太いと感じ、背縫いはcmの物差し、あとは鯨というように使い分けていました。

◆寸法の確認方法

お客様の寸法を割り出したり、体型に合わなくなった着物の身幅の確認、呉服店からいただく伝票の身幅(前幅・後幅)など、必ず確認をしています。

例えば、一番太い箇所がヒップ100cmの方で、前幅が6寸5分・後幅が8寸の場合、ヒップ100cmなので衽幅(合褄幅)は4寸2分程度だとすると、大ざっぱではありますが、着付けの基本の衽の立褄が脇線に揃うような着付けをし、立ったり座ったり動作をしやすくする緩みが、どのくらいあるのか確認の計算をすると

きもの身幅の構成

まず、前幅+後幅×2+衽幅(合褄幅)の計算を行います。

65+80×2+42=267(2尺6寸7分)でこれをcmに換算すると、

267×3.79=1011.93となり身体を巻くきものの幅が約101cm

ヒップ100cmと比較して緩みが1cmしかないという結果となり

「この寸法では狭く、もう少し身幅を広げた方が着やすい」となります。

緩みは体型や着物を使うTPOによっても異なりますが、4cm以上はあった方がよいのではないかと思います。

◆鯨を使い始めて、困ったのは、

名古屋帯を仕立てる場合、修業先では並寸法の8寸上がりの場合、垂幅は30.3cmに出来上がるようにして、垂幅の半分の手幅は換算表を見ると4寸が15.2cmとなっていますので、その寸法に出来上がるように標を付けます。帯芯は30.3cmで裁断しますが、手の帯芯幅は半分に折って15.15cmとなります。結果、手の出来上がり幅より0.05cm帯芯が狭くなり、この0.05cmの差がちょうどよく手の部分の中に入る帯芯の幅としっかりと身についていました。これが鯨尺で標付けをして真半分になってしまうと0.05cmの差が無くなってしまい、何となく芯がダブってしまうと感じました。このことはcmと鯨の換算の誤差で、実際には、名古屋帯の場合では生地や帯芯の厚み、素材(透ける物か否か?)によって微妙に標付けや帯芯の幅を考慮することが必要になってきます。

土地や建物に使われている「坪」は私にとって解りやすく、この土地50坪だねといわれれば何となく想像が付きますが、165.3㎡とか言われると「?」ですね。着物の袖丈とか測らなくとも、ぱっと見で「長いね・短いね」と感覚で感じ、1尺3寸位かな?なんて思ったりもします。

修行中はcm物差しの1mmの細かなメモリを見て標を付けたりしていました。鯨の最小メモリは1分で、その間隔は約4mm弱で1mmのメモリの約4倍で大きく感じました。仕立ての基礎となる標を付ける際には、きっちり仕立てようとすればするほど○寸○分強or弱とかcmのメモリとは違った仕立ての味付けみたいなことが、布地によって必要ですね。

着物の寸法について01

以前、聞いた和裁士(お師匠さん)の話です。

昔、呉服店に伺ったところ、ちょうど、着物を購入されたお客さんがいました。呉服店店主とその着物について話をしている中で、「並でいいですか?」と店主に話しているのを聞いたお客さんは、「並では困る。特上にしてくれ!」と言われました。

「並」と言っているのは、寸法のことでお客さんは、仕立てのランク(上手・下手)のことを勘違いして聞いたという笑い話ですが、私が仕立ての勉強をしはじめた頃では、女物並寸法と言えば、

  • 身丈    4尺(151.5cm)
  • 裄      1尺6寸5分(62.5cm)
  • 袖幅     8寸5分(32.2cm)
  • 肩幅   8寸(30.3cm)
  • 前幅   6寸(22.7cm)
  • 後幅   7寸5分(28.4cm)
  • 妻下   2尺(75.8cm)

という寸法が並寸法として残っていました。この寸法の中で前幅・後幅は地方色があり、関西圏は前幅6寸・後幅8寸、関東圏は6寸・7寸5分でした。徳川家康は三河の出身で、当時三河地方は大変貧しく、倹約していたことから、寸法も狭めでした。その徳川家康が、多くの家臣達を引き連れ江戸に行ったため、着物の標準寸法も狭く作ることが名残として残ったそうです。

また、私が経験したことは、中学校へ浴衣作りを教えに行った時のこと。呉服屋さんも参加していて、それぞれの生徒の寸法を決めていたときに呉服屋さんは、長身の生徒の妻下寸法を「2尺の並でいいんじゃない」と言っていたの聞き、違和感と疑問を感じたことを思い出します。
現在では、体型に合わせた寸法を基に、好みも加味され寸法が決められています。振袖などは、お端折りを少々多く出して若く見せたいので身丈を長くとか、農作業をしていて日焼けしていて手が大きいので、手が少し隠れる様に裄を長くするとか、着る方の好みを取り入れて仕立てるようにしています。