戦後、日本では世界基準に合わせて、長さでは尺、重さでは貫など昔から使われていた単位:尺貫法が廃止され計量法(メートル法表示)に切り替えられました。以後、公式な書面等では尺貫法での表記は禁止となり、使うと罰金の対象となっています。 しかしながら、木造の住宅建築などではいまだに広く使われています。和裁も同様で・・・・
親が和服裁縫業を営んでいたにもかかわらず、私は着物のことも寸法もちんぷんかんぷんのまま、40数年前に名古屋で修行を始めました。今でも、呉服店では和服仕立ての伝票には鯨尺(くじらじゃく)で表されていますが、修業先ではセンチメートルで仕立てていました。入所当時は、呉服店の伝票寸法の鯨寸法からセンチメートルに換算表を見ながら自分の寸法票に書き写していました。
慣れてくると、いつもの寸法は、換算表を見ずに寸法票にcmで記入出来るようになります。例えば女物きものの袖口は殆どの場合6寸と決まっていますが、センチメートルでは22.7cm、袖丈1尺3寸は49.2cmというように覚えてしまいます。
○決まっていた並寸法
尾張地方の昔、女物きものの並寸法といえば、
身丈4尺(151.5cm)
裄1尺6寸5分(62.5cm)
袖幅8寸5分(32.2cm)
後幅7寸5分(28.4cm)
前幅6寸(22.7cm)
褄下2尺(75.8cm)
繰越5分(1.8cm)
といった具合に決まっていました。(上記の寸法は女性で身長150cm、ヒップが90cm位の方でしょうか)
昔、三河出身の徳川家康とその家臣達は、江戸にその寸法を持ち込んだため、尾張から江戸にかけての関東圏では並寸法が後幅7寸5分、前幅6寸でした。一方京都大阪を中心とする関西圏では、女物並寸法は尾張三河より広く、後幅が8寸になっていました。上方は何でも豪華で贅沢な傾向にあったようです。
今では、オーダーメイドの仕立てなどではヒップやバストなどから細かく割り出す方法で縫製しています。
○メリット・デメリット
センチメートルのメリットは、最小メモリが1mmで細かな寸法が表現できることです。鯨の最小メモリは1分で約4mm。5mmの表現は、1分強としか表現できません。

一方、鯨のメリットは、年を取ってきて分かったのですが、1mmのメモリが見辛くなり、1分の方がはっきり見えるといったところでしょうか。私は、ケースバイケースで両方を使っています。

尾張はけちくさい?
関西圏は何かと豪華ということですが、昔は赤ちゃんの着物から、そうであったようです。生まれてから、初めて氏神様に参拝するお宮詣り。その時に着る宮参り初着(うぶぎ)は、尾張三河地方は布を節約して、一ッ身と決まっていますが、関西圏では布を多く使う四ッ身が主流だそうです。
畳みの大きさでも広いのは関西間、中くらいの広さは中京間、関東間といった順になります。畳の縁(へり)1つ分くらい違うそうです。現在では、極端なことは出来ませんが、アパートや建て売り住宅で、ちょっと狭くても「この部屋は○畳にしてくれ」といわれると、等分して作ってしまう場合もあるそうです。
そんな尾張三河人はけちくさいかもしれませんが、日頃は倹約して、お金を使うときには、ぱーっと使います。とくに尾張名古屋地方は、結婚には旦那が新居を建て(器を持ち)、中身(家電や家具)は嫁さん持ちといわれ、新居に荷物を入れる際には、新婦の実家から新婦の実家から何台かのトラックに家具や家電を載せ、紅白の幕を掛けて運びました。何台のトラックか?が、ステイタスでした。結婚式当日には、近所に人を集めて、縁側で花嫁姿を披露し、菓子撒きをしてから式場へと向かいました。